目立つパフォーマンスをする人間が果たして人のために動いているだろうか?
あなたの周りにもいないだろうか?
人前でだけはいい顔をする人。
しかもタチが悪いのが、その人のパフォーマンスとも言える行動だけを見て、「いい人」ととらえてしまう事である。
「考えろ、考えろ、考えろ」と言うメッセージ
「考えろ、考えろ、考えろ」とひたすら言っていた少年が主人公の物語がある。
著者は伊坂幸太郎。
少年サンデーで漫画化されてもいたので、とっつきやすい小説だと思う。
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この作品で印象的なのは、主人公の少年が常に「考えろ、考えろ、考えろ・・・」と言っていたことだ。
何に対してか?
見栄えの良い若い政治家のパフォーマンス(以降、指導者と呼ぶ)とそれに伴う妙な出来事にである。
背格好が良いと言うだけで、意外と人はその人を信頼に足るものと思ってしまうようだる。
しかも、周りの人間がその人を持ち上げれば持ち上げるほど、何の疑問も持たなくなる。
そしてその群衆は、その政治家が何をしようと指示する。
物事の因果関係を考えたり、言葉の裏を読むことをしなくなる。
だから、実際に目の前に起こっている事は危険なのに、格好の良い指導者に「問題ない」と言われればそのままその言葉を信じる。
そして、大した問題は無いのに、さも大問題だとばかりに騒ぎ立てる人を信じ、支持する。
このような事は歴史上何度繰り返されてきたであろうか?
パフォーマンス人間は人前に出るのが好き
人は何度も露出する人に親近感を覚える。
誰かと友達になりたいと思えば、ただ単純にその人と過ごす時間を増やせばいい。
人は意外と単純だ。
だから、パフォーマンス大好き人間は必要の無い時も表に出たがる。
ちなみに格好のいい指導者の意見のみが正しいと思い込むようになると、この指導者が例え間違った事、妙な事を言っていてもそれに自動的に賛同してしまう。
何も考えなくなるからだ。
だから『魔王』の主人公は、考えるように人々に働きかけたが、それでも群衆は何も考えない。
最後には主人公の言葉はかき消される。群衆からは見向きもされない。
群衆は何も考えずに若き指導者の言葉に賛同し続ける。
彼らは、ハーメルンの笛吹きに引き寄せられるネズミだろうか?
考える事をやめると変な空気に飲み込まれる
個人的に、『魔王』の中で少年が頻繁に出す「考えろ、考えろ、考えろ」と言う言葉はとても印象的だった。
群衆心理と言う言葉があるが、人が集まるとどうしても似たような行動を取る様になる。
それは、必ずしも自分が考えて、望んで行っている事ではない事もある。
暴動なんかはそうでは無いだろうか?
暴動に参加した人間に普段から暴力的な人はどのくらいいるだろうか?
回りの空気に押しやられて、気づいたら暴動に参加していたと言うケースが多いのではないだろうか?
もちろん、暴動を主催する側は何かしらの目的を持っている。そこには、暴動自体が目的でも無ければ、ただただお金のためにと言う場合もある。
暴動を引き起こしておいて、物事を良くしたいなどと言う言葉は、これ如何に?
パフォーマンス大好き人間の自己愛は歪んでいる
トップに立つ、目立つ地位にいる人間の性質をまず考慮にいれたい。
トップに立つ人間には自己愛が歪んだ自己愛性人格障害の人や、利益を追求するサイコパスタイプの人がなりやすい傾向がある。
自己愛性人格障害の人たちにも色んなタイプがあるが、主なる特徴としては、なんとしてでも自分に注目を集めたいから口八丁手八丁で、目立つことをしようとする。人々の注目を集めるために、誰かを蹴落としたりするための工作もよくする。
サイコパスはどうだろうか?サイコパスには共感力が欠如している。自分にとって「得」「利益」「うま味」がある事をする。そのために人をだましたりして、都合よく扱う事をいとわない。
彼らの共通点は嘘を使い、言葉や行動で人々を操り、自分にとって都合のいい方向に導こうとする。
血糖値スパイクを引き起こす甘い砂糖菓子の様な言葉を使うこともあれば、胃を痛めつけるかのような極辛の言葉や行動を取る事もある。
だから、脳が振り回されて混乱する。最終的に群衆に利益はあったとしても少ない。
彼らは一般的な人とは脳の構造が違う。
そう、一般的な考え方はしない。
だからこそ、出来る事もあるだろうが、それが人のためになっているかどうかは、しっかりと吟味しないとならない。
考えるのが容易でない時代
しかし、吟味する‐考えると言う事が最近はしにくくなっている。
あまりにも世の中は情報が多すぎる。
情報に触れすぎると不安にもなる、イライラする、気がそぞろになる、混乱する、悲観的になるなど色んなネガティブな形で心理的に負担がかかる。
特に本当の事を何も知らないと言うのは、心理的にモヤモヤとする。
それが気持ち悪いから、心理的にネガティブになる。
だから、情報の取捨選択をしなければならない。
情報源の信頼性を見分けなければならない。
だけど、情報が錯そうしていると、調べて真偽を確かめるのが面倒くさくなる事もある。
何かを疑い続けるのはネガティブな感情だから、ストレスだ。
だったら、アニメなりドラマなり楽しくなれるものを見ている方が楽だ。
そうして考えないループを作ってしまう。
考えないのは楽だ。
考える人で、発言もするならそれ相応に敵が出来る。
『魔王』の主人公は敵に何度も脅迫された。命も狙われる。
だが、群衆は何も変わらない。
ただ一つ、あまりにも声高に叫ぶ者、大仰に騒ぎ立てるものに対しては注意を払うしかない。